vol.21 ー 2008.08.01

■Evolution of DB9
   
  09年モデルのDB9も何台か工場に入庫して参りました。今回はそのデザインの細かい変更点についてお伝えさせて頂きますが、まずは業界初のガラス製ECUです。皆さん落としたら割れるのではないか、そのまま持っていたらキズが付きそうと大変心配されていらっしゃいますが、レザー製のKeyホルダーが付いております。ただそれでも衝撃には弱いものですので、丁重に使われることをお薦めいたします。そのガラス製ECUのドッキングステーションから視線を上に移しますと、ルームライトがLEDに変更になっていることに気が付きます。またバニティミラーにアルミの削り出しで枠が取り付けられ、アストンマーティンらしい素材へのこだわりがここでも感じられます。

今月中にはショールームにて2009年モデルもご覧いただける予定です。詳しくは担当セールスにお問い合わせください。
 

■Hakko Navigation System
   
  以前から数多くのお問い合わせを頂いておりました、八光オリジナルナビゲーション装着車両をショールームに展示いたしました。フェイシアトリム内にぴったりと収まったHDDナビ、地デジ・フルセグはもちろん、ETC・バックカメラ、万一の際にオーナー様を守るドライブレコーダーまで含めての八光オリジナルパッケージです。大阪・名古屋両ショールームにて常時展示しておりますので、ぜひ一度ご覧ください。アストンマーティンのインテリアにふさわしく、美しく仕上がっております。  

■Aston Martin's Golden Age
  今号は、アストンマーティン史で最も重要な時代をご紹介しましょう。 戦後の1947年という年は、どの自動車産業にとっても存続危機にあり、アストンマーティンも例外ではありませんでした。当時アストンマーティン社の社長であったゴードン・サザーランド氏が、タイムズ紙に出資者募集の広告を出したところ、トラクター製造業で成功を収めていた富豪のデイビッド・ブラウン氏が名乗りを挙げました。彼は速いスポーツカーをこよなく愛していました。同じ頃、彼はラゴンダ社も手に入れ、ここにアストンマーティンラゴンダ社が設立されました。DB1もありましたが、最初に完成形として生産されたのが6気筒エンジンのDB2でした。『紳士のスポーツカー』というコンセプトを基に、長い生産過程を経て絶えず改善を繰り返してきました。結果、1958年にDB4が生産され、世界で最も速い自動車の1つという認識が広まり始めました。そして1964年に、今も世界中で愛される最も有名なスパイ、ジェームズ・ボンドが映画『ゴールドフィンガー』でDB5を走らせたことにより、『ボンドカー』という言葉も生まれ、アストンマーティンの名が一躍世間に知れ渡りました。以後、DB6やDBSなどアストンマーティン黄金期と呼ばれた時代を支える名車を続々と生産し、デイビッド・ブラウン氏はその黄金期を造り上げた重要人物として語られ継がれています。皆様はもうご存知でしょう。彼が築いた紳士のスポーツカー精神を受け継ぐ、今も全世界でDBシリーズは、彼の名前である『David Brown』のイニシャルなのです。  

アストンマーティン大阪八光
〒550-0014大阪市西区北堀江1-19-1
TEL:06-6531-0078
mail:astonmartin-osaka@hakko-group.co.jp
アストンマーティン名古屋八光
〒460-0007名古屋市中区新栄2-44-20
TEL:052-242-0888
mail:astonmartin-nagoya@hakko-group.co.jp
アストンマーティンラゴンダ社正規ディーラー 八光エルアール株式会社


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